以前ニュースで、「派遣社員として働いていたつもりなのに、実は派遣ではなく、派遣先が違法行為をしていた。」という問題が取り上げられていました。
「派遣として働いていたのに、派遣ではなかった」というのは、いわゆる「二重派遣」と呼ばれるものです。
違法行為を行った企業には罰則が科せられる、というのは当然のことですが、二重派遣されていた派遣社員が、知らないうちに被害を被っていることを知らない人は多いのではないでしょうか。
本記事では、二重派遣とは何か、罰則・処分の実例や、派遣社員への影響、二重派遣を見極めるポイントについて説明します。
二重派遣とは
二重派遣とは、派遣社員を受け入れた派遣先の企業が、その派遣社員をさらに違う会社に派遣し、その派遣先の指揮命令下で働かせることです。
厚生労働省では、二重派遣について以下のように述べています。
労働者派遣とは、派遣元に雇用関係があり、派遣先に雇用関係がなく
指揮命令関係のみがあることです。いわゆる二重派遣の場合、派遣先が新たに労働者の供給元になり、その供給元に派遣を依頼した注文者が新たな供給先となります。(参考:厚生労働省「二重派遣は派遣法違反ですか」)
上記のとおり、派遣社員は派遣会社と雇用契約を結び、派遣先から仕事の指揮をされるのが通常ですが、二重派遣では派遣先が派遣社員をさらに違う会社に派遣するため、派遣社員は最終的な派遣先から仕事の指揮をされるのです。
厚生労働省が公表している二重派遣の図を見てみましょう。
上記では、労働者(派遣社員)は派遣会社Aと雇用関係を結んでいるにも関わらず、結局のところ注文者から指揮命令を受けています。
本来は派遣先のB社から指揮命令を受けるべきなのですが、派遣先のB社は注文者と労働供給契約を結んでいる状態なので、指揮命令を出しません。
また、派遣先B社は派遣社員を雇用している訳ではないのに注文者に派遣しているので、これは「労働者派遣事業」ではなく「労働者供給事業」に当たり、違法となります。
「労働者供給」とは、供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令下で労働させることです。(参考:厚生労働省「労働者供給事業」)
(労働者供給事業の禁止)
第四十四条 何人も、次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない。
(労働者供給事業の許可)
第四十五条 労働組合等が、厚生労働大臣の許可を受けた場合は、無料の労働者供給事業を行うことができる。(職業安定法)
上記のとおり職業安定法では、労働者供給事業は基本的に誰も行うことができず、労働組合等が厚生労働大臣の許可を受けた場合しかできないものとなっていますから、派遣先B社と注文者は違法行為をしているということになるのです。
すなわち「二重派遣」は、形態としては労働者供給を業として行うものとして、法第44条の規定により禁止される。(参考:厚生労働省「労働者供給事業業務取扱要領」)
二重派遣の罰則、処分
二重派遣は「労働者派遣業」ではなく「労働者供給業」をしていることに当たるため、違法となることが分かりました。
では、二重派遣をした時の罰則はどのようなものなのか見てみましょう。
二重派遣の罰則対象となるのは派遣社員ではなく、「二重派遣を行った側」と「二重派遣と知っていながら受け入れた側」です。注文者が二重派遣であることを知らずにいた場合は、注文者は罰則対象になりません。
厚生労働大臣の許可を得ずに労働者供給事業を行った場合、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金が科せられます。
第六十四条 次の各号のいずれかに該当する者は、これを一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
九 第四十四条の規定に違反した者(職業安定法)
さらに、上記に加えて違法行為に対する以下の行政処分となる場合があります。
- 事業許可の取り消し
- 事業停止命令
- 事業廃止命令
- 改善命令
- 労働者派遣の停止命令
- 必要な措置を執るべきことを勧告される
- 勧告を受けた者が従わなかった時はその旨を公表される
上記の中でも2番目の「事業停止命令」は、二重派遣においてよく下される処分です。
二重派遣が多いIT業界の実例(大阪労働局)
二重派遣が多い業界として挙げられるのが、IT業界です。
IT業界のエンジニアは特に、自社ではなく常駐先で仕事をする機会が多いため、本来仕事の指示を出す立場でない現場の人から直接指示を出されるということが当然のようにあります。
つまり、本来の形式すら分からない曖昧な状態になりやすいのです。
ここで一つ実例を紹介します。
以下は、大阪労働局が二重派遣を行った2社に対して行政処分を行った内容です。
2社のうち1社は社名非公開となっているので、社名が公表されている方で見てみましょう。
処分理由
1 株式会社コンサルティング・ファームは、少なくとも平成27年6月1日から平成30年2月28日までの間、システム開発事業者と締結した労働者派遣契約に基づき、株式会社コンサルティング・ファームと雇用関係にない労働者12名を、延べ3,302人日、自己が雇用する労働者と称してシステム開発事業者に送り出し、システム開発事業者の指揮命令の下、システム開発業務に従事させ、もって法定の除外事由なく職業安定法第44条において禁止されている労働者供給事業を行ったこと。労働者派遣事業停止命令の内容
株式会社コンサルティング・ファームは、平成30年9月27日から平成30年12月26日までの間、労働者派遣事業を停止すること。(参考:厚生労働省「システム開発事業者へ「二重派遣」を行っていた派遣元事業主2社に対する行政処分について」)
上記の処分理由を図を見ながら簡単に説明すると、株式会社コンサルティング・ファームは、派遣元A社から派遣されてきた労働者を「自分の雇用者」と称してさらにシステム開発事業者に派遣し、システム開発事業者の指揮命令下において働かせたということになります。
まるでシステム開発事業者に株式会社コンサルティング・ファームから労働者を派遣しているかのように見えますが、実態としては労働者と株式会社コンサルティング・ファームの間に雇用関係はありませんので、派遣事業とは言えず、労働者供給事業に該当するため「二重派遣」として事業停止命令が下されたのです。
二重派遣された派遣社員はどんな影響がある?
ここまでは二重派遣について、主に二重派遣をする側の話をしてきました。
二重派遣は、する側と、知っていて受け入れる側に問題があるということでしたよね。
では、二重派遣された派遣社員側には影響は全くないのでしょうか。
実は、少なからず派遣社員にも何らかの影響が及んでいる可能性があります。
では、二重派遣された派遣社員にはどんな影響があるのか見ていきましょう。
中間搾取によって給料が安くなってしまうことがある
最初に、二重派遣された派遣社員は、給料が安くなってしまうことがあり得ます。
以下の図を見てみましょう。
(参考:東京労働局「労働基準法違反(中間搾取)被疑事件の送検について」)
上記の図では、派遣先が派遣元に派遣料B円を支払って派遣社員を受け入れ、さらに注文主に二重派遣することで、注文主から手数料としてA円を受け取っている状態を表しています。つまり、派遣先は二重派遣によって利益を得ているのです。
このように、派遣先が介在することで、本来受け取るべき派遣社員の給料の一部が派遣先に横取りされ、派遣社員の手元に入る給料は安くなってしまうのです。
労働基準法では、以下のように中間搾取の排除を定めています。
労働基準法第6条(中間搾取の排除)
何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない。
しかし実際のところ、二重派遣は未だに繰り返されているのです。
責任の所在が曖昧になり保険などが補償されないことがある
次に、二重派遣された派遣社員は、保険などが補償されないこともあり得ます。
例えば通勤途中に車にはねられてしまった場合、通常は労災保険の対象になりますが、二重派遣の場合、派遣会社での対応なのか、派遣先・二重派遣先のどちらで対応すべきなのかといった責任の所在が曖昧になってしまうのです。
派遣会社には「二重派遣に関わっていないので何ともできない」と言われて取り合ってもらえず、派遣先からは「派遣社員とは直接雇用関係にないので関係ない」と言われてしまったら、どうすれば良いのでしょう。
この場合、結局どこの会社でも労災保険の適用が受けられないという結果もあり得るのです。
このように、二重派遣は派遣会社と各派遣先がお互いに責任を押し付け合うという問題点があり、派遣社員がとばっちりにあう可能性が高いでしょう。
自分の会社が二重派遣かどうか見極める方法
二重派遣は、派遣社員にとってはただ被害にあうだけで何の利点もないことが分かりましたね。
では、自分の会社が二重派遣かどうか見極めるにはどうしたら良いのでしょうか。
「これは二重派遣なのではないか」と見極めるには、以下の2つのポイントをチェックする必要があります。
二重派遣か見極めるポイント
- 雇用関係がどこと結ばれているか
- 指揮命令関係はどうなっているか
以下で詳しく見ていきましょう。
雇用関係がどこと結ばれているか
派遣社員は、派遣会社と雇用関係を結ぶというのが本来の形です。
派遣会社と雇用契約を結び、派遣会社から労働条件通知書(雇用契約書)と就業条件明示書を貰って、派遣先で就業します。
雇用主は派遣会社なので、派遣会社から毎月の給料が振り込まれるのが通常です。
もし派遣会社から毎月の給料が振り込まれるのではなく、派遣先の会社から給料を貰っている場合、「これは派遣ではない」と気づきましょう。
ちなみに、ITエンジニアなどで請負社員の場合は、請負会社と雇用関係を結ぶため、毎月の給料は請負会社から振り込まれます。
指揮命令関係はどうなっているか、偽装請負にも注意
次に、指揮命令関係です。
派遣社員の場合、仕事の指揮命令は派遣先の会社から受けます。
派遣会社と結んだ雇用契約とは関係なく、派遣先の上司から仕事の指揮命令を受けるのが派遣なのです。
一方、請負社員の場合は、指揮命令は請負会社から受け、発注者からの指揮命令を受けません。
(参考:厚生労働省「労働者供給事業」)
上の図のように、通常の請負社員は、注文主から事業を請け負った請負事業者と雇用関係を結んで労働し、雇用主である請負事業者の指揮命令下にあるのです。
しかし「偽装請負」といって、実際は雇用主から指揮命令されず、発注者からの指揮命令を受けているということもあります。
特にITエンジニアのような技術職に就く人は、請負契約を結ぶ請負社員であることも多いため、偽装請負についても気を付ける必要があるでしょう。
偽装請負も違法なので、二重派遣と同様に罰則が科せられるのです。
ちなみに二重派遣どころか3回、4回と派遣社員がたらいまわし状態になることは「多重派遣」と呼ばれます。
請負について詳しくは以下の記事を参考にして下さい。
派遣社員と請負社員の違い。偽装請負はどういった場合のことを指す?
安全に働くために、自分の働き方に関する知識を深めよう
今回は、二重派遣について説明しました。
ここまでをまとめてみましょう。
まとめ
- 二重派遣とは、派遣社員を受け入れた派遣先が、その派遣社員をさらに別の会社に派遣し、別の会社の指揮命令下で働かせることである
- 二重派遣の罰則には、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金・事業停止命令などの行政処分がある
- 自社ではなく常駐先で仕事をする機会が多いIT業界では、請負契約も多いので、特に二重派遣や偽装請負に注意が必要である
- 二重派遣された派遣社員は、中間搾取によって給料が安くなってしまったり、保険などが補償されない可能性がある
- 自分の会社が二重派遣していないか見極めるには、雇用関係と指揮命令関係をチェック
- 派遣社員は派遣会社と雇用関係にあり、派遣先から指揮命令を受けるもの
- 請負社員は請負会社と雇用関係にあり、請負会社から指揮命令を受けるもの(注文者が直接指揮命令をすることはできない)
二重派遣に注意するポイントとしては、雇用関係と指揮命令関係です。
自分でも気づかないうちに巻き込まれていたということがないように、しっかりと今の現状を冷静な目で見ておきましょう。
今回は二重派遣について知識を深めましたが、派遣社員として働くにあたって必要な知識はまだまだ沢山あります。自分に関わる知識をどんどん頭に入れ、将来に役立てていきましょう。