派遣社員に厚生年金加入義務が生じる条件は?
厚生年金は事業所単位で適用され、その事業所で働いている派遣社員は多くの場合、厚生年金の被保険者となります。
これについては、「厚生年金に加入する義務を課せられる」と捉える方もいれば、「厚生年金に加入する権利を得られる」と捉える方もいるでしょう。ただ、いずれにせよ、法律の定めに従って、厚生年金に加入するかしないか決まることには違いありません。
厚生年金が適用されるのは株式会社など法人の事業所のほか、従業員が常時5人以上いる個人の事業所についても、農林・漁業、サービス業などを除き適用対象となります。
また、この条件に合致しない場合でも、従業員の半数以上が厚生年金の適用事業所となることに同意していれば、事業主の申請により適用事業所となります。
厚生年金の被保険者は、上記の厚生年金適用事業所の労働者ということになりますが、これについてはさらに次のような条件があります。
厚生年金の被保険者となる条件(加入条件)
厚生年金適用事業所に常時使用される70歳未満の方は厚生年金の被保険者となります。ほとんどの場合、正社員がこれにあたると考えていいでしょう。
一方、派遣社員については、フルタイムで働いていれば被保険者となります。フルタイムでない場合も、1週間の所定労働時間と、1ヵ月の所定労働日数がその事業所の正社員の3/4以上であれば被保険者となります。これは派遣社員に限らず、パートタイマーやアルバイトでも同じです。
また、それに満たない場合でも次の5つの条件にすべて合致すると被保険者となります。
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厚生年金の被保険者とならないケース
厚生年金適用事業所で働いていても厚生年金の被保険者とならないケースについても触れておきましょう。次のようなケースでは厚生年金の被保険者とはなりません。
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ただし、1~4については継続して働くことになる場合には被保険者となります。
厚生年金にはどうやって加入する? 脱退は?
厚生年金の被保険者となる場合、加入手続きはどうすればいいのでしょうか?
新しく雇用される先での厚生年金への加入、そして、退職時の脱退については勤務先で事務手続きを行ってもらえるので、雇用される側は求められた必要書類を提出するだけです。
加入時に必要なのは、年金手帳とマイナンバー(扶養家族がいる場合は家族全員分のマイナンバー)となりますが、このとき、厚生年金のこととは別に雇用保険被保険者証の提出も求められるでしょう。
退職時には、年金手帳を会社に預けていた場合にはそれが返却され、また、雇用保険被保険者証もこのときに受け取ります。社会保険関連では、こちらから健康保険証(扶養家族がいる場合はその全員分の保険証も)を事業所へ返却することも必要です。
退職してすぐに新たな事業所へ入らない場合は国民年金に加入する必要があり、この手続きは居住地の市区町村役場の国民年金担当窓口などで行います。
ここで、厚生年金と国民年金の関係について説明しておくと、国民年金は日本に住んでいる20歳以上60歳未満のすべての方に加入義務があり、厚生年金に加入していて保険料を支払っている場合でも、その中には国民年金としての部分が含まれています。
つまり、一般的に言う「厚生年金」とは、正確には「国民年金+厚生年金」と表現できます。
そして、国民年金の被保険者には次の3つの種類があります。
第1号被保険者 | 20歳以上60歳未満の自営業者、農業・漁業者、学生および無職の方、またその配偶者 |
第2号被保険者 | 厚生年金や共済組合等の加入者 |
第3号被保険者 | 第2号被保険者に扶養されている配偶者で、年収が130万円未満で20歳以上60歳未満の方 |
これを見て分かるように、退職などにより厚生年金を脱退して国民年金に加入するというのは、国民年金の部分に関して言えば、第2号被保険者から第1号被保険者、あるいは第3号被保険者に変更することを意味しています。
厚生年金を脱退すると、未婚女性、あるいは既婚女性で夫が自営業者の場合は第1号被保険者となり、既婚女性で夫が会社勤めの場合は第3号被保険者になると考えればいいでしょう。なお、第3号被保険者になる場合は、配偶者の勤務先を通して書類の提出を行うことになります。
その逆に、国民年金を脱退(正確には脱退ではなく被保険者の区分の変更)して厚生年金に加入する場合には、事業所ですべての手続きをしてもらえるので、年金手帳など求められた書類を提出するだけで十分です。
厚生年金加入のメリットは?
では、厚生年金への加入にはどんなメリットがあるのでしょうか?
まず年金そのもののメリットとして、高齢となったり障害を負ったりしたことで、働いて収入を得るのが難しくなったとき、経済的に生活を支えてくれるという点が挙げられます。
年金の中には、65歳からもらえる老齢基礎年金のほか、所定の障害を負った場合に支給される障害基礎年金、さらに、生計を維持していた被保険者が亡くなった場合に、子どものいる配偶者などに支給される遺族基礎年金があります。
厚生年金に加入していると、この基礎年金部分に厚生年金がプラスされます。
つまり、老齢年金では「老齢基礎年金+老齢厚生年金」となり、障害年金では「障害基礎年金+障害厚生年金」、遺族年金では「遺族基礎年金+遺族厚生年金」となるわけです。
このように年金が二段重ねになることは一般的に「二階建て」と呼ばれます。当然、受け取れる金額が増えるので、老後により安心して生活することができます。
20歳まら60歳まで、40年間の全期間で国民年金(厚生年金の基礎年金部分を含む)を全額納めた場合、もらえる老齢基礎年金は年額78万1,700円(2020年4月分からの額)となりますが、月額換算では約6万5,000円でしかなく、それまでにかなりの蓄えがなければ、安心して生活できる金額とはとてもいえません。
厚生年金では、この老齢基礎年金に老齢厚生年金が加わるため、金額はより大きくなります。
老齢厚生年金の年金額は給料に応じたものとなるので個人個人で異なりますが、厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、平成30年度の平均年金月額として14万3,761円という数字が出ています(老齢基礎年金も含む金額)。
これを見ても分かるように、老後の安定した生活にとって厚生年金はより大きな安心を与えてくれるといっていいでしょう。
派遣社員が厚生年金を払い続けるといくら受け取れる?
それでは、派遣社員が厚生年金を払い続けると、将来受け取れる年金額はいくらになるのでしょうか?
まず、重要なのは、年金額の計算では正社員と派遣社員で違いはないということです。もちろん、アルバイトやパートタイマーでも被保険者としての条件を満たしている限り、そこに違いはありません。
ただし、給料に応じて支払う保険料ともらえる年金額が異なるので、正社員のほうが年金を多くもらえる傾向となるのは確かです。
それを踏まえた上で、支払う保険料と受け取れる年金額について説明しましょう。
支払う保険料の計算
保険料は被保険者と事業所が半分ずつ負担することになり、被保険者の負担分は次の計算式で求められます。
標準報酬月額 × 保険料率 ÷ 2 |
標準報酬月額は4月~6月の給料の平均額のことで、そこには残業代のほか、通勤手当や家族手当、食事手当など固定的な各種手当も含まれます。一方、出張手当などその都度の手当は含まれず、ボーナスも通常含まれません。
標準報酬月額は一定の金額幅ごとに「等級」として区分され、実際の保険料の計算では各等級に設定されたキリのいい金額が用いられます。
たとえば、4月~6月の給料の平均額が19万5,000円~21万円の範囲であれば「14等級」とされ、計算で用いられる標準報酬月額は20万円となります。
そして、この標準報酬月額に基づいて算出された保険料が、その年9月から翌8月まで適用されます。
保険料率は18.3%で、被保険者と事業所が半分ずつ負担するので「÷2」となっています。そこで、たとえば標準報酬月額が20万円の場合は【20万円 × 18.3% ÷ 2】となり、被保険者の支払う保険料は1万8,300円となります。
おおよその計算でよければ、【月給額×9.15%】と考えてもいいでしょう。
受け取れる年金額の計算
厚生年金の被保険者が受け取る年金(老齢年金)はすでに説明したように、老齢基礎年金と老齢厚生年金を合わせたものとなります。それぞれの計算方法を説明しましょう。
老齢基礎年金の計算
まず、老齢基礎年金ですが、これは20歳から60歳までの40年間、全期間にわたり保険料全額を納めた方は65歳から満額となる年間78万1,700円の年金を受け取れます(2020年4月からの年金額)。
四大卒後就職して60歳まで厚生年金の保険料を支払った場合、それだけでは40年に満たず満額とはなりませんが、20歳から国民年金として保険料を支払い、その後、就職して厚生年金に切り替わって60歳まで支払った場合は満額を受け取ることができます。
一方、保険料を支払っていない時期がある場合、未納期間1年につき、年間の年金額がおおよそ1万9,500円ずつ減っていくと考えるといいでしょう。
また、国民年金や厚生年金の保険料を支払った期間の合計が10年に満たない場合は、老齢基礎年金も老齢厚生年金ももらえません。
老齢厚生年金の計算
老齢厚生年金の年金額は2003年3月までに厚生年金に加入していた期間と、2003年4月以降に厚生年金に加入していた期間に分けて計算されます。これは、年金制度の改訂があったためです。また、計算式自体も少し複雑なので、ここでは簡易版の計算式のみ紹介します。
A:2003年3月以前の加入期間 平均給与月額 × 12 × 0.7% × 2003年3月までの加入年数B:2003年4月以降の加入期間 平均年収 × 0.55% × 2003年4月以降の加入年数 |
AとB、それぞれの計算式で導き出された金額を足したものが、将来もらえる老齢厚生年金の年間年金額となります。
一例として、2020年時点で30歳の方が20歳から60歳まで厚生年金を納め、平均年収は300万円というケースで考えると、20歳時は2010年にあたるので計算式はBのみとなり、年間66万円の老齢厚生年金をもらえることが分かります。
これに、老齢基礎年金として年間78万1,700円がプラスされ、合計で年間144万1,700円の年金額となるわけです。
なお、同じ条件で年収だけを400万円に置き換えた場合、将来もらえる老齢厚生年金は年間88万円となり、老齢基礎年金と合わせて年間166万1,700円になります。
厚生年金を支払いたくない場合の選択肢は?
厚生年金が適用される事業所で働いている場合でも、1週間の所定労働時間と、1ヵ月の所定労働日数がその事業所の正社員の3/4未満なら厚生年金の被保険者にはなりません。
また月給が8万8,000円未満であれば、やはり、厚生年金の被保険者とはならないので、厚生年金の保険料を支払いたくない場合は、労働時間や給料額を調整して被保険者の対象から外れればいいことになります。
しかし、これらの方法はフルタイムで働いている場合はできません。また仮に、厚生年金の加入・支払いを回避したとしても国民年金のほうは支払う必要があります。
ただ、すでに説明したように、国民年金は40年間、全期間・全額支払った場合でも年間78万1,700円しかもらえないわけですから、将来もらえる年金額が増えて、保険料の半分を事業所が負担してくれる厚生年金を選んだほうが長い目で見るとメリットがあるのは確かです。
厚生年金の被保険者になるか、ならないかを選べる場合は、その点もよく考えて決めましょう。